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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)1017号 判決 1991年5月22日

原告

木村しか

被告

城嗣雄

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年五月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文一項と同旨

ただし、損害総額金九九八七万九二六八円の内金一五〇〇万円の支払を求める明示の一部請求である。

第二事案の概要

本件は、自動車と衝突事故を起こして負傷した自転車の運転者が、右自動車の所有者に対しては自賠法三条に基づき、右自動車の運転者に対しては民法七〇九条に基づき、それぞれ損害賠償を請求した事件である。

一(争いのない事実)

被告城初代(以下「被告初代」という。)は、昭和六三年五月二四日午前一一時五分ころ、兵庫県宝塚市伊子志一丁目八番二二号先の交通整理の行われていない交差点において、被告城嗣雄が所有し、同被告が自己のために運行の用に供する普通貨物自動車(軽四輪)(以下「加害車」という。)を運転して、別紙図面記載のとおり東西道路を西進中、同道路を右から左へ横断中の原告運転の自転車に加害車を衝突させて転倒させ、原告に対し、傷害を負わせた。

二(争点)

1  被告初代の過失

2  原告の傷病名、治療経過、後遺傷害の内容・程度

3  原告の損害額

なお、右争点に関し、被告らは、原告が、本件事故当時白内障により片眼失明状態にあり、自賠責保険後遺障害等級八級相当の既往症があつたから、本件事故当時、原告の労働能力は既に四五パーセント喪失されていた旨を主張し、原告は、本件事故当時なんらの障害もない健康人であつた旨を主張している。

4  過失相殺

被告らは、原告には、自転車を運転して東西道路を横断するに際し、左方の安全を確認しないで、通過車両の背後から、横断歩道の直近で著して斜め横断をして、加害車の進路方向に急に飛び出してきた重大な過失があり、被告初代になんらかの過失があるとしても、かかる原告の過失の方がはるかに重大であるから、大幅な過失相殺を適用すべきである旨を主張している。

5  損害のてん補

被告らは、損害のてん補として、(1)被告らの弁済金二一〇万円、(2)自賠責保険から金二四二〇万円、以上合計金二六三〇万円の支払を受けている旨を主張しているのに対し、原告は、損害のてん補として支払を受けたのは金一八七五万円のみであると主張している。

第三争点に対する判断

一  被告初代の過失について

1  証拠(甲一、乙一、被告城初代)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故現場の状況は、別紙図面記載のとおり、市道である東西道路と五本の道路が交差する信号による交通整理が行われていない変形交差点(以下「本件交差点」という。)内であり、本件交差点の東西の両側に横断歩道が、そして西側横断歩道の東隣に自転車横断帯がそれぞれ設けられている。

(二) 東西道路は、アスフアルト舗装された平坦な道路で、本件事故当時乾燥していた。最高速度は時速四〇キロメートルに制限されている。

(三) 被告初代は、加害車を運転して時速四〇キロメートルで東西道路を西進し、本件事故現場にさしかかったので、減速して本件交差点に進入したところ、同交差点入口付近で一台の対向車を認め、約一四メートル進行して右対向車と離合したが、右離合直後、加害車の前方約一〇メートルの地点に、右対向車のは背後から原告の運転する自転車が東西道路を右から左へ斜め横断してくるのを認め、直ちに急制動の措置を講じたが間に合わず、前記自転車横断帯の手前約四メートルの地点で、加害車と右自転車が正面衝突した。そして、右衝突の衝撃により、原告は約七・五メートル後方の横断歩道上まで飛ばされて転倒し、自転車も約四メートル後方の自転車横断帯まで飛ばされた。また、加害車の右急制動の措置によつて、本件事故現場には、加害車の右側車輪による五・一メートルのスキツドマークが、左側車輪による四・五メートルのスキツドマークが刻印されている。

(四) なお、被告初代は、自転車を運転して本件交差点をよく通行しており、本件交差点に自転車横断帯があることを知つていた。

2  ところで、被告初代は、本件交差点に進入するに当たり、加害車の速度を時速約二五キロメートルに減速し、急制動の措置を講じた際には、さらに時速約二〇キロメートルにまで減速していた旨を供述するが、右供述は、以下の理由により信用することができない。

すなわち、スキツドマークから初速を求める方法は、μ:路面とタイヤの摩擦係数、S:スキツドマークの長さ(メートル)、V:初速(キロメートル毎時)、a:減速度(メートル/秒二乗)。g:重力の加速度=九・八メートル/秒二乗とすると、平地で全車輪が制動される場合には、、a=gμ、という計算式によつて求めることができることは、公知の事実である。そこで、前記認定事実に基づき、S=五メートル、μ=〇・七五(アスフアルト舗装で乾燥の場合の摩擦係数)として右計算式に代入すると、となり、これによつて得られる数値は、タイヤがスキツドを始めた瞬間の速度であるから、スキツドマークがつく前の過渡時間における速度の減少分(乗用車の場合、μ=〇・七五で、時速約一・三キロメートルであることが一般に知られている。)を加えて補正すると、本件事故当時加害車が急制動をかけた際の初速は優に時速三〇キロメートルを超過していたものと推認される。

3  そして、右1及び2の認定・説示に基づけば、被告初代は、本件交差点内を進行するに当たり、西側横断歩道の東隣に自転車横断帯が設けられていることを知つていたのであるから、本件交差点内で対向車と離合後、その背後から自転車横断帯あるいはその直近を横断してくる自転車のあることを予想し、かかる自転車との衝突を避け得るよう十分に減速徐行して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と時速三〇キロメートルを超過する速度で進行した過失により、本件事故を惹起したものというべきであるから、被告初代は、民法七〇九条に基づき、原告が被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

二  原告の傷病名、治療の経過及び後遺障害の内容・程度について

1  原告の傷病名

原告は、本件事故により、頭蓋骨骨折(硬膜下出血、脳挫傷)、左大腿骨転子間骨折、顔面口腔内打撲挫創の障害を受けた(甲二の1)。

2  治療経過

原告は、昭和六三年五月二四日から同年一一月一三日まで一七四日宝塚病院に入院し、同年一一月一四日から平成元年一〇月四日まで三二五日間協立温泉病院に入院した(甲二の1ないし12、三、四)。

3  後遺障害の内容・程度について

原告は、平成元年一〇月四日症状固定の診断を受けたが、右症状固定時における後遺障害についての診断内容によると、(1)他覚症状及び検査結果として、腱反射:両TSR亢進、BSR亢進、両上下肢の四肢硬縮気味(ベツド坐位可、介助にてかろうじて独歩、食事摂取自立)、頭部CT:著しい脳萎縮、失禁(大・小便)、痴呆症状が認められ、(2)後遺障害の内容・程度は、イ簡単な会話は可能であるが、見当識障害が著明であり、自己の生年月日も言えず、簡単な計算もできず、知的能力の障害があり、ロ記憶力の低下が著しく、動作・精神状態とも緩慢、終日ベツド安静で、移動にも常に介助を要し、ハ右症状は不変で、加齢とともに動作・知能が悪化する傾向がある。そして、原告は、右後遺障害により、自賠責保険後遺障害等級一級三号の認定を受け、さらに、心神喪失の常況にあるとして、平成元年九月五日、神戸家庭裁判所伊丹支部において禁治産宣告を受けた(甲四、五、七、原告法定代理人)。

三  損害額について〔請求額金九四八七万九二六八円〕

1  治療費 金二三八万九八二〇円

証拠(甲二の2、4、6、7、9、11、12、三)により右金額を下らないことが認められる。

2  将来の付添費 金三九六七万二六一六円

原告は、前記認定のとおり、本件事故により後遺障害として、両上下肢の四肢が硬縮気味で、かつ、高度の痴呆状態にあるため、自立生活は不能で、常に介助が必要であり、証拠(甲八、原告法定代理人)によると、原告は、大正九年一一月生まれの女性で、現在、スプーンを使ってどうにか自分で食事はできるものの、起き上がるにも介助が必要であり、一人で移動することも、入浴することも不可能であつて、自宅で生活することは出来ない状態にあり、したがつて、将来にわたつても入院のうえその介護が必要であることが認められる。

しかして、原告の右症状の程度と原告法定代理人(夫)がかなりの高齢であることを考慮すると、原告の将来の介護には職業付添人による介護が必要と認められるところ、証拠(甲六の1ないし13)によると、原告は、入院中の昭和六三年七月二一日から同年一一月一三日までの間職業付添人の付添いを要し、一日当たり金九〇〇〇円を下らない付添費を支払つたことが認められるから、原告の将来の付添費についても一日金九〇〇〇円と認めるのが相当である。

そして、原告は、症状固定時満六八歳の女性であり、平成元年の簡易生命表によれば、その平均余命は一七年であるから、新ホフマン方式により中間利息を控除して計算すると、原告の将来の付添費の現価は、次のとおり金三九六七万二六一六円となる(円未満切捨て、以下同じ)。

九〇〇〇円×三六五×一二・〇七六九=三九六七万二六一六円

3  入院雑費 金六四万八七〇〇円

入院雑費は、1日当たり金一三〇〇円と認めるのが相当であるから、四九九日間で右金額となる。

4  休業損害 金三四六万九三四八円

証拠(原告法定代理人)によると、原告は、本件事故当時、健康な専業主婦として家事に従事していたところ、本件事故に遭い、入院期間中の四九九日間家事に従事することができなかつた。

そこで、右期間における原告の休業損害を、昭和六三年度賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規摸計、学歴計、女子労働者の全年齢平均の賃金額(年額金二五三万七七〇〇円)を基礎に計算すると、次のとおり金三四六万九三四八円となる。

二五三万七七〇〇円÷三六五×四九九=三四六万九三四八円

5  逸失利益 金一八四六万九八八八円

原告の本件事故による後遺障害の内容・程度は、前記二の3で認定したとおりであるところ、これによれば、原告はその労働能力を一〇〇パーセント喪失し、終生これを回復することは不可能と認められる。そして、原告は、本件事故当時、専業主婦として家事労働に従事していたものであり、本件事故に遭わなければ、前記平均余命の半分である九年間は右労働に従事することができた筈であるから、昭和六三年度賃金センサス第一表の産業計、企業規摸計、学歴計、女子労働者の全年齢平均の賃金額(年額金二五三万七七〇〇円)を基礎とし、新ホフマン方式によつて中間利息を控除して、原告の逸失利益を計算すると、次のとおり金一八四六万九八八八円となる。

二五三万七七〇〇円×七・二七八二=一八四六万九八八八円

もつとも、被告らは、原告は、本件事故当時、白内障により片眼失明状態にあつたとの事実を前提に、自賠責保険後遺障害等級八級相当の既往症があつた旨を主張するが、右前提事実を認めるに足る的確な証拠はなく、かえつて、証拠(乙二、原告法定代理人)によると、原告が本件事故当時白内障に罹患していた事実はなかつたことが認められるから、右被告らの主張は採用することができない。

6  慰謝料 金二三〇〇万円

以上認定の諸般の事情を考慮すると、金二三〇〇万円が相当である。

四  過失相殺

1  被告初代が、本件交差点内を進行するに当たり、本件交差点内で対向車と離合後、その背後から自転車横断帯あるいはその直近を横断してくる自転車のあることを予想し、かかる自転車との衝突を避け得るよう十分に減速徐行して進行すべき注意義務があつたところ、被告初代は、これを怠り、漫然と時速三〇キロメートルを超過する速度で進行したため本件事故を惹起した過失があることは、前記一で認定・説示したとおりである。

他方、証拠(甲一、乙一、被告城初代)によると、原告は、信号機による交通整理の行われていない交差点を自転車で横断するに当たり、左方からの交通の安全を十分に確認して横断すべき注意義務があるところ、原告は、これを怠り、通過車両の背後から漫然と、しかも自転車横断帯の左側を左斜めに横断したため、本件事故に至つたのであるから、原告にも過失があるといわなければならない。

2  双方の過失を対比すると、原告の損害額から三五パーセントを減額するのが相当である。

したがつて、被告ら各自が原告に対して賠償すべき損害額は、金五六九七万二七四一円となる。

五  損害のてん補 金一八七五万円

証拠(甲九、原告法定代理人)により認められる。

したがつて、原告が損害のてん補として受領した金員を控除すると、被告ら各自が原告に対して賠償すべき損害額は、金三八二二万二七四一円となる。

六  弁護士費用〔請求額金五〇〇万円〕

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、金三八〇万円と認めるのが相当である。

(裁判官 三浦潤)

別紙 略

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